いつもの日曜日に思うこと

6/5(水)に退院して初めての週末。

木・金と仕事復帰して、土曜日は快気祝いでお泊り。



二週間も仕事を休んでいたため、やらなきゃいけない仕事は山積み。

今日は休日出勤して事務仕事をしてきた。

つまりはいつもと変わらぬ日曜日。


たった一人で職場に向かい、
「つまらぬ休日だなあ」などと、きっと今までだったら思うところであっただろう。

こうしてまたいつもと同じように過ごせるのも、案外悪くないのでは、
と、ふと考えさせられた。


眼内に残存していたガスは、手術後17日目の朝には安全に消失した。
網膜剥離の再発は免れている。
若干見え方に違和感はあるが、徐々に視力も回復しつつあるようだ。
多くを望めばキリはないが、少しづつ一歩一歩。

とにかく今日も無事に過ごすことが出来た。
以前と同じように晩酌しながらPCに向かい、こうして呑気にブログなんか書いていられる。

ちいさな幸せを大事にしてゆきたい。





本日 退院

二週間住み慣れたこの病院・病室とも今日でお別れ。

主治医の先生、昼夜関係なしに面倒を見てくれた看護師の皆さん。

大変お世話になりました。



やっと外に出られる。

また忙しい日々の始まりだー

それも含めてみな楽しみ

網膜剥離で入院中(今度は右眼)

5月7日に発症した右目の眼底出血は、結局網膜の一部に剥離を起こしてしまい、
眼科3軒をハシゴした結果、紹介された病院で5月21日に入院、22日に手術することになった。

剥離の程度は、5年前の左目に比べるとそれほど深刻な状態ではなかったので、
不安だらけだった前回よりは若干ではあるが気はラクだった。

術式は前回同様、硝子体手術。

http://www.nichigan.or.jp/public/disease/momaku_hakuri.jsp

白目部分に管を3本刺し、目玉の内部を直接いじって剥がれた網膜を復位させるというもの。

その後は切除した硝子体の代わりにガスを注入し、その圧力で網膜を目の内側に圧着させる。
ガスはずっととどまるものではなく、眼内に染み出してくる水分と徐々に置き換わり、
最終的にガスはすべて抜けて水分で満たされる。

術後5日目の現在は、ある程度水が溜まってきて、視界の4分目くらいまで来ただろうか。
6分目以上になってくれると見易くなってくれるのだが・・・

今は基本的にベッドで安静状態。

(ナースの目を盗んでこんなふうにPCを使ってはいるが)

それにしても、
ハァ~ いつ退院出来るんだろう




右眼の眼底出血

今日の昼過ぎ。
仕事中に車を運転していたら、砂を撒いたような細かい粒々が眼前に浮遊していることに気が付いた。

「ハテ? 5年前に硝子体手術した、左眼のシリコンオイルの粒が久々に現れたか?」
と一瞬思ったが、よくよく見ると左ではなく右眼。

左眼だったら仕方ないなと思っていたが、健常であったはずの右眼にそんな症状が出てきたとなったら話は別。

どうか自分の錯覚であって欲しいと願っていたが、どうやら間違いではないみたいだ。
非常に細かい粒子ではあるが、確実に右眼の眼内に漂っている。
それがどういった症状を示しているのかは、今までの経験から安易に想像がつく。

こうなったらもう仕事どころではない。
行きつけの眼科医に向かい、事の経緯を告げて直ちに診てもらった。

医者の第一声は
「いやな感じだな~」

もうこれだけで何を意味するのか察知してしまった。
背筋が凍りつき、額から脂汗が滲み出るのが自分でも分かった。

案の定眼底出血を起こしており、網膜剥離の危険性が高くなっているという。

硝子体の繊維が網膜を強く引っ張っており、予断を許さない状況らしい。

砂状の粒々は炎症細胞ではなく、どうやら出血の痕跡だということなので、
しばらく様子見だと医者には言われた。

「いやな感じだな~」のセリフを何度か繰り返した後、
「一週間後にまた来てください」
と言っただけで、特に飲み薬も点眼薬も処方されることはなかった。

会計を待つ間は途方に暮れていたが、

「あれこれ考えても仕方ない、なるようにしかならないさ」

帰りの車の中ではそんな風に自分に言い聞かせてみた。



どうかこのまま収まってくれますように・・・

















ふと思い出した 金言

その昔、長男がまだ1歳になるかならないかの頃、

北海道は函館を親子3人で旅した。


函館名物の朝市を目当てに、TVでよく出るメジャー店『きくよ食堂』に入ったところ

相席になった3人のご婦人方に何故か長男はモテモテ。

その頃の長男は客観的に見てもイイ感じで、
どこへ連れて行っても、可愛い可愛いと言ってもらえた。


その店に居ても、そのお三方にこちらが恐縮するほどに可愛がっていただいて、
そのうちのお一人が発したお言葉


「子どもは3歳までにすべての親孝行をしちゃうのよね。あとはオマケなのよ」



そう、
今はオマケなんだよね。

長男も、そして次男も


この先まだまだ、どんなオマケを付けていってくれるのやら}

【渡良瀬橋】森高千里

今、ラジオを聴いていたら
「足利市の八雲神社で出火。本殿は全焼」
のニュースが入ってきた。

つい先日You Tubeで森高千里の渡良瀬橋を観てたら、
森高自身が、歌詞に出てくるゆかりの地を紹介していた。

そんな場面を観たばったりなのに・・・

一度行ってみたいと思っていたのだけれど、残念!




蝋燭の火

今朝、悲報が入った。

父親の次弟である、伯父が亡くなった。

数年前から病魔に冒され、入退院を繰り返していたが、
今日の未明、ついにその命の炎は潰えた。

一時は健康を取り戻していたかに思え、
去年の暮れに自宅に挨拶に訪れた際には、気丈な姿を見せてくれていただけに、
本当に残念でならない。


明るい性格のスポーツマンで、
子供の頃から陰に日向に支えてくれた大恩人である。

本当に困った時に助けてくれた。

親父の葬式の際、喪主を務めていた私はやらなきゃいけないことが多過ぎてテンパっていた。
喪主なんてそうそうやる機会はない。私にとっては初めての役割。

弔問客への応対等々、事が事だけに失礼があってはならないし、やり直しはもちろんきかない。

そんな私を見かねてか、
「○○ちゃん。親族代表の挨拶は長々と語っちゃだめだよ」
と耳打ちをしてくれて、
その言葉通りに挨拶を終えた私に、
「○○ちゃん。さっきの挨拶は120%だよ」
と労ってくれた。

本当に困ったに、その人がどのように接してくれるかで、本当の優しさが分かる。

そんなことを学ばさせてもらった。


高崎の伯父さん。
もう病気で苦しまなくていいんだよ。
後の事は心配しないでゆっくり休んでください。

長い間お疲れ様でした、
そしてありがとう。