久しぶりに書いてみよう!

FacebookやGREEなどに立ち寄っていたので、
すっかりblogの存在を忘れてた・・・

今後は少しづつ書いてゆこう
日々の備忘録として。

で、今の気持ち。

「将来は蕎麦屋をやりたいな~」

BIGLOBEのメールサーバー障害があったんだと!

一昨日の昼前頃から夜遅くまで、
個人用のメールが全然届かなくなるし、ログイン出来ないし。

己のPC設定がおかしくなったのかと、何度も何度も設定変更したが全然解決ならず・・・

深夜まで調べてもダメだったので、ワケがわからずその夜は寝たが、
翌日のYahoo!ニュースで、実はメールサーバーの障害だったと初めて知った。
(ちなみにBIGLOBEニュースでは、全然触れていない)

その、後BIGLOBEのホームひっそりとプレスリリースが載っていた↓

http://www.biglobe.co.jp/pressroom/release/2012/05/120522-a


貴重な時間を費やしたというのに、詫びの文章これだけかヨ!
しかもこっちから調べなきゃ教えてくれないんかい!

頭くるなー  (ーーメ)

プジョー 206 & 207

連番で並んだ新旧プジョーの20Xシリーズ

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赤が嫁車、橙が自分車

こんなふうに、夫婦でプジョーを乗り合っているなんて珍しい家族かも知れないな~


国産車は性能もいいし本当に良く出来ているし、きっと万人受けすることだろう。
事実世界中で売れている。

それに比べると、少々扱いにくいラテン系の車。
変速パターンが独特で、馴れるまで手を焼くこともある。
不満点を挙げればキリがないが

それを補って余りある魅力を持っている。
運転しているのが本当に楽しいし、何年所持していても飽きない。

当分は買い替える気も無いし、ガタが出て来てもどうにか修理して乗り潰すことでしょう。


結構好きです、おふらんす車

黄砂に吹かれて花粉症

20代後半の頃からだっただろうか。
毎年、沈丁花が香る3月後半からGW前後の時期に掛けて、「くしゃみ・鼻水・目の痒み」の三大苦に悩まされてきていたが、ここ数年は不思議と症状が楽になってきていた。

かつてはヒノキ花粉と、大陸からやってくる黄砂に激しく反応しており、
ティッシュを鼻に詰め込んでも鼻水は全く止まらず、下向いて仕事してる時なんかうっかり書類を濡らしてしまって、
ささっと袖で拭って何度胡麻化したことだか・・・
目をこすってもこすっても痒みは去らず、挙句の果てに充血して真っ赤になるは瞼は腫れるわで、
この時期は人相が変わってしまうくらいに酷いこともあった。


トシと共に花粉症&アレルギーも寛解してきたのかなーと思っていたのだが、まだまだそうは簡単に収まらないみたいだ。

先日からの黄砂来襲ニュースと共に目の痒みが少し出てきた。

でも年々症状が軽くなってるからそれだけでもOK!だよ。

飛蚊症 その後

今から4年ほど前のこと。

2008年の2月に左眼の網膜剥離手術(+硝子体手術&人工レンズ置換)
その後遺症で後発白内障となり、2008年9月に繊維化した水晶体後嚢膜をYAGレーザーにて粉砕!

粉砕したのは結構だったが、吹き飛ばした後嚢膜の破片が常に眼内に漂う状態となった。

繊維化した膜の破片というのは、例えるならば羽虫の翅。
或いはミンミンゼミの翅をぐちゃぐちゃに丸めたようなモノ、とでも言うべきか。

                     【ミンミンゼミ参上!】
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眼内にあるべきゼリー状の硝子体は手術で除去されているので、代わりにあるのはただの水(ん?これがホントの生理食塩水?)
よって眼球を動かすと、その翅が上下左右不規則に動き出す。
当然の事ながら視界を遮るわ、うっとおしいわ、ストレス溜まるわで、
出来ることなら眼球に注射針を刺して、眼の中の“ゴミ”を吸い出してしまいたい、と
本気で考えていた。

反対側の右眼も後部硝子体剥離が進んでいるようで、それに伴って飛蚊症が年々増えてきていた。
左眼とは症状が違い、まるで目の中をアメーバが浮遊しているのではないかと思えるほど。
さながら、「とろろ昆布をお湯の中に溶いた状態」とでも例えてみようか。

ただでさえ左眼が使いモンにならないのに、頼りにしている右眼までもが見えづらくなってしまっては
PC作業や文字の読み書きなど、細かい仕事に支障が出まくりとなる。

実際、掛かりつけの眼科医に
「いっそのこと硝子体手術で、きれいサッパリ取っ払っちゃってくれませんかね」
と持ちかけたところ、
「いや~、この辺の医者でソレをやる人はまず居ないでしょう」
と、やんわり否定された。
どうやらそれ相応の理由がないと、硝子体手術は出来ないらしい。
(逆に、この辺の医者でなければやってくれる人は居るのかな???)



それでも年月が過ぎると、体も順応するのか、
或いは脳が上手く修正してくれるのかわからないけれど、
だんだんと気にすることも少なくなりつつあった。
別に症状が改善したワケではなく、ただ気にする機会が減ってきたというだけ。

また左眼の話に戻るが、
そんなこんなで3年半の間、さんざん悩まされてきた羽虫の翅状の異物であったが、
いつの間にか視界から消えていた。
1~2ヶ月前あたりからだろうか。

今までの感覚からして、眼内で溶けて無くなったとは考えにくいので、
もしかしたら内部のどこかに引っ掛かっているだけで、またひょっこり現れるかもしれないが、
とりあえず左眼の視界からは消えている。
どうかこのまま消えっぱなしになって欲しい。


久しぶりに『網膜疾患』のカテに書き込める事象があったので、
これも記録として・・・

破片

3/11当日。震度5強の揺れだった割には、意外なほど自宅の家財は平穏だった。

食器棚のコップが落ちて割れたのと、その他いくつかの小物が落ちてバラバラになったのと、
家具が少しずれたくらい。

もちろん片づけられるものはすぐに片づけたが、
どうしても手を付けられず、1年前からそのままになっているものがある。

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台所の片隅にある、その時割れたコップの破片。

どうして片づけられないのだろう。

自分でもよくわからない・・・

地震の記憶

先程、埼玉県は深谷市の取引先で商談を終えて、今は熊谷のとあるスーパーの駐車場に停車中。
カーラジオからは去年のあの日と同じように、国会中継が流れている。

全くの偶然ではあるが、去年の3月第2金曜日も同じようなルートで仕事をしていた。
去年も午後イチで同じ取引先で1時間以上話し込み、商談を終えて次の目的地である熊谷に車で向かっていた。
運転しながら何気なく空を見上げたら、北東の方角に黒っぽい雲が浮かんでいるのに気付く。

「いつもなら天気は西から変わってくるのに、オカシイな」
と、漠然とした思いを抱きながらも運転を続けていたら、
退屈そうな国会の様子を流していたラジオが突然あのチャイムを鳴らし、続いてアナウンスが流れる

「緊急地震速報!三陸沖で地震発生!強い揺れにご注意下さい。」

この先テレビやケータイでも何度となく耳にすることになるフレーズだ

三陸沖ならばこちらでは全く影響なんか無いだろうと思った。

念のため近くのスーパーの駐車場に入り車を停めたその直後、
突然大地に異変が起こった。

地面は波打ち、電柱はしなり、隣に停まっていた車なんか走り出してしまうんじゃないかと思える程、
前後に大きく揺さぶられている。

はるか三陸沖が震源地なのに、関東でこれほどの揺れ方だとすれば、いったいどれほど大きい地震なんだろう…
直感的に、「日本沈没」
の4文字が頭をよぎった。

恐怖の異変は1分以上続いただろうか。

以後の状況は、ニュースで伝えていた通り。

あれから一年が経とうとしている。
仕事中ではあるが、携帯電話を使って、あの駐車場の同じ場所からこうして記録しておこう。


嗚呼、もうすぐあの時刻だ・・・